いわゆる「田母神論文」を発表した経緯

石川県小松市に航空自衛隊の小松基地がある。F-15戦闘機を約40機を擁する第6航空団が小松基地の主要部隊である。私は平成10年7月から約1年半、第6航空団司令の職にあった。このとき石川県の県都金沢市に「小松基地金沢友の会」と称する小松基地の協力団体を作って頂き、アパグループ代表の元谷外志雄氏に会長になって頂いた。

元谷氏は商売の傍ら、戦後の我が国の自虐史観が如何に我が国を蝕んでいるかを憂いておられた。その元谷氏が一昨年の春、この自虐史観を克服すべく、社会貢献の一環として、「真の近現代史観」懸賞論文を募集した。私は素晴らしいことだなと思いながら、どのような論文が出てくるのかその結果に思いを馳せていた。6月の終り頃になって、小松基地金沢友の会の会員である友人が自らの応募論文を私に送付してくれた。そして彼は「田母神さんも是非応募してください」と言ってきた。私はそれまで、この論文募集に応募するなど考えたこともなかったが、常々、部下たちにも自学研鑽のため雑誌や新聞などへの投稿を勧めていたこともあり、応募してみるかという気になった。

私は、自衛隊が戦う態勢が出来ないのは、日本国民に「日本は侵略国家である」という誤った歴史観があるためだと思っていた。統幕学校長のときに、カリキュラムの中に「国家観・歴史観」という3時間の5コマほどの講座を設けたこともあった。私は、空自の部下たちにも勉強になる良い機会だからと、投稿を勧めながら自らも投稿してみようと決心をした。私自身、過去20年ほど我が国の近現代史について勉強してきたが、その成果を自衛隊の外で評価してもらおうという気になった。私が応募すれば、元谷代表も喜んでくれるかもしれないという想いもあった。もっとも、その時点で最優秀賞を頂くとかいうことは全く考えていなかった。これが元で空幕長を更迭されることなど思いもしなかった。私は自ら応募することも部下たちに応募を勧めることも自衛隊にとって、国家国民にとって良いことだと思っていたのである。自衛官が勉強するのは良いことに決まっているではないか。

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